脳卒中・血管性認知症

私の夫のMは2010年7月に最初の脳卒中を起こし、その結果、右半分が不自由になり、言語障害や食べ物を飲み込む力がなくなりました。彼は車椅子でパシフィック・リハビリ病院を退院し引き続き外来で肉体と言語のセラピーを受け、歩行器を使って歩けるようになりました。家では家族の手を借りずに動き回ることができました。外来のセラピーが終了した後も、週に2回病院にあるエクササイズとメンテナンスクラスに登録し通っていました。

時が経過するにつれて、Mはネガティブは側面(イライラしたり、突然怒ったり怒鳴ったりし、物事に関心を示さないーそれは夕方テレビのニュース番組が始まるまで続き、音に異常に敏感になったり、言葉数も減り、以前ほど社交的でなくなりました。)を見せ始め、2011年5月脳卒中によって引き起こされたストレスを緩和するためにうつ病の薬が処方されました。

彼は大変攻撃的になり、協調性がなくなり、口で闘争心をむき出しするようになりました。彼は睡眠でも問題が出てきました。ベッドから起きだし、1日中歩き回り、寝ることを拒否しました。別のうつ病薬が処方されましたが、同じ結果でした。彼は6月後半に薬を止めました。

近所の方からドクターヨザのうわさを聞いて、Mは良くなるようにその評価にかけてドクターの所に行くことに同意しました。彼は2011年6月中旬週に3回レゾネントヒーリングの治療を受け始めました。それはちょうど最初のうつ病の薬を飲み始めてまもない時でした。通い始めた直後の6月後半彼は脳卒中による血管性認知症と診断されました。

ドクターヨザの治療はMの体内動態や全体的な健全生に役立っているように見えました。娘と私は、彼のネガティブな行動や、苦しみが減って来ているのに気がつきました。それはドクターヨザの治療を受けた後は、特にそうでした。彼の衰えた体内動態や不本意な行動は、ドクターヨザの治療予約が足りていないのではないかと思う時が多々ありました。

2012年2月Mは又脳卒中を引き起こしました。その結果彼は歩けなくなりました。彼は、今車椅子生活で、右手を使って何かをすることはほとんど出来なくなり、手を使う行為には全く関心を示さなくなりました。彼の言語障害は酷くなり、飲む込む力は益々減退しました。外来のセラピーが終わった後もリハビリでのエクササイズとメンテナンスクラスは続けていました。

Mは2回目の脳卒中の後、暫らくの間ドクターヨザの所に行けなくなりましたが、2012年7月後半に又ドクターの所に戻り、治療を受けるようになりました。ドクターヨザは、引き続き脳卒中や認知症のせいによるストレスを緩和するように、Mの治療にあたってくれています。私たちには叉、彼の体内動態が改善されたプラス面が見えてきましたし、本人もドクターヨザの治療の後は気分が良いと言っています。

私にも利益があります。介護はとても大変です。Mが治療を受けている間、ドクターの勧めで私は椅子に座り、素早くお昼寝をします。Mは私がアイエア(ドクターヨザのオフィスのある場所)に行くのは寝る為だと、よく言います。(笑)

ヒーリングと健康を促進する先生のオフィスの方たちは皆さんフレンドリーで、尚且つ優しく協力的です。私たちの為に、生命のクオリティーを高めて下さったドクターヨザとスタッフに、感謝いたします。

M・A:S
2013年5月